
名簿 買取の実現
フェアに来ていたお客さんはコレクター然とした人ばかりでなく、ごくごく普通の人がたくさんいました。
虹の作品を買ったのは若い学生のようなカップルでしたし、年配の女性が部屋に入ってきたかと思ったら、奈良さんのドローイングを見つめて、孫にプレゼントしたいと言って買ってくれたりもしました。
初めて参加した海外のアートフェアで、普通の人たちがごく日常的にも見たことも聞いたこともない極東のアーティストの作品をどんどん買っていく、その光景が新鮮でした。
僕はただ驚くばかりです。
海外のマーケットは、思ったより自由で、層が厚い。
そんな感触をつかんだのです。
ホテル形式のアートフェアは、ロサンゼルスとマイアミ、ニューヨークの三カ所で開催されていましたが、なんといっても出展コストの安さが魅力です。
出展費用は三カ所全部に参加すると割引で二〇〇〇ドル。
ほかに渡航費と宿泊料がかかります。
アートバーゼルは出展料だけでその一〇倍もかかりますし、アートフェア東京ですら五〇万円ほどかかります。
安いコストで参加できるインディーズのアートフェアは、若いギャラリーには嬉しい機会でした。
ギャラリストの仕事の現代アートは、海外で勝負できるそれから一九九七年一月にマイアミ、五月にニューヨークのグラマシー・パークホテル、六月にバーゼルの若手ギャラリーのためのリステと、立て続けに海外のアートフェアに参加してみました。
ホワイトキューブやマシュー・マークスなど、僕の同世代のギャラリストたちやアーティストは、駆け出しの頃、みなこうしたインディーズのアートフェアに参加していました。
僕が参加したのも、ロサンゼルスのギャラリスト、ティモシー・プラムや、ニューヨークのダン・アッシャーというアーティストが誘ってくれたからです。
このとき虹のドローイングを買ってくれたトム・サックスの個展を僕のギャラリーでしましたし、同じく個展をした-ム・フリードマンは、村上さんが「すげえ変なやつがいるんだ」と紹介してくれた人です。
展示を見に行ったら、ガムを天井に貼って、ずっと床まで伸ばしている作品でした。
そのトム・フリードマンも村上さんも、今や二人揃って世界で名高いガゴシアン・ギャラリーで個展をしますからね。
すごくいいですよ。
その頃、僕より上の世代のギャラリストが参加していたのは、シカゴやバーゼルといった格式のあるアートフェアでしたから、インディーズのアートフェアに参加していたのは、僕やタカ・イシイギャラリーの石井孝之さんぐらいでした。
当時は、海外アーティストの作品を輸入して販売するギャラリストはいましたが、僕たちのように、日本人の作品を海外のマーケットで売っていこう、勝負しようというギャラリーは、多くありませんでした。
日本の作品を、現代アートの本場であるアメリカ、ヨーロッパにいくことに、自信がなかったのかもしれません。
その点、僕の場合は、通用するかしないかをあま-真剣に考えていませんでした。
ただアートの世界は自由だ。
欧米のアートばかりが優れているわけではなくて、日本のアートだってひけをとらない、同じなのだ」という気持ちがあったのは確かです。
この頃は、まさに僕の修行時代です。
当時参加した海外のアートフェアでは、新しいコレクター、ギャラリスト、アーティストとの出会いがありました。
後に一緒に仕事をするようになった人もいますし、人脈の面でも大きな収穫となりました。
「海外で新しいマーケットを作っていく」「欧米のアートと同じ舞台で、日本のアートを売る」そんな素朴な欲望に、少しずつ展望が見えてきました。
こうしてギャラリーの仕事がどうにか回転するようになったのは、開廊して五、六年経った二〇〇一年ぐらいのことです。
ギャラリストの仕事ギャラリストにとっての三種の神器空間へアーティストのプレスこの事の締めに、ギャラリストの実務的なことをお話ししておきます。
ギャラリストにとって欠かせない要素は「展示空間」「アーティスト」「プレス活動」です。
第一にしなければならないのは、見せる場所をつくること。
これがギャラリーです。
空間づくりで大切なのが壁です。
作品の見え方が変わってきますから。
古い画廊の壁には、クロスが貼ってあります。
ただ、現代アートを扱うのであれば、クロスは不向きです。
インスタレーションがあったり、大小さまざまなサイズの作品がありますから、展示替えのたびに、修復が必要になってしまいます。
木と石膏ボードの壁で、色は白、穴が開いてもすぐに修復できるような壁、それがベストです。
次に照明。
基本的には蛍光灯が使われますが、それぞれの作品を見せるためにはスポットライトのシステムが必要です。
空間のつくり方、作品と展示の仕方はギャラリーによって千差万別です。
現在、僕のギャラリーがある清澄の建物には、何軒もまとまってギャラリーがありますが、全部が個性的で、つくりはまったく違います。
それがまた面白いところです。
ギャラリーの要となる仕事、それは自分のギャラリーが取り扱うアーティストを決めることです。
自分なりの美の基準を持っていて、それに適うアーティストを発掘する、あるいはそのように育てていくというタイプのギャラリストもいます。
しかし僕の場合は、「美」というよりは、「社会」や「時代」というものが基準になります。
今、自分たちが生きているこの時代と真剣でいるかどうか。
そのような表現を持つなら、たとえ僕の美術観や趣味噂好を超えてしまっている場合でも、積極的に取り扱うようにしています。
その判断をするためには、自分の中に美術史のマップを持つ必要があります。
初めて作品を見たときに、そのマップのどこに位置づけられるかを判断するのです。
もちろん、現在、世界でどんなアーティストが活動中で、どんな作品をつくっているのかは、つねにアンテナを張って調べなければなりません。
国内でも国外でも不断に情報をアップデートしています。
そして、新しいアーティストに出会ったら、どこに独自性があるのか、何がアピールするかを見極めていきます。
ギャラリストの仕事アーティストはみな、フリーエージェント制取-扱うといっても、僕のギャラリーでは、アーティストとの間に専属契約のようなものは存在しません。
もし、おたがいの間に何か交わすとしたら、作品が屈いたら納品書を渡すとか、個々の作品についての売買契約を結ぶぐらいです。
美術の世界では、高額な金額が動-わりに、法的な契約ではなく、信頼関係で成-立つ部分が大きいのです。
それは日本ばかりではなく、契約社会のアメリカもおおかた同じようです。
アメリカのギャラリーやアーティストと仕事をするとき、作品の売買について値段やパーセンテージの取り決めを書面で交わすことはありますが、それ以外には特にありません。
アーティストによって、もしくはギャラリーによっては、ガチガチに契約書を交わすところもあるかもしれませんが、僕はそういう話を聞いたことはありませんし、感心もできません。
なんといってもアートは生ものですから、生産計画やマーケティングがあったからといって、よい作品、売れる作品が生み出されるわけではないのです。
専属契約や、「年間に何点の作品を措いて-ださいね」「いついつに個展をするので、それまでに何点の作品を納めて-ださい」といったノルマを課すような類の契約は、制作の足伽になってしまう場合がありますから、僕は極力避けています。
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